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INTERVIEW

RISE & WIN Brewing Co.
代表取締役

〈RISE & WIN Brewing Co.〉代表の田中達也は、
世界中の人々が上勝町を知る入り口の一つとしてクラフトビール造りを始めました。
そこに込められた思いと立ち上げまでの背景をじっくり語ります。

interview & text by Yoshinao Yamada

なぜ「RISE & WIN Brewing Co.」を
立ち上げたのでしょう。

それを話すには長い前置きが必要です。まず私たちの母体である株式会社スペックは、臨床検査事業を主体に食品関連の検査・分析業務などを行う企業です。1970年に徳島市で創業し、1994年に現在の社名となりました。地域に根ざして長く活動をしてきたことから、業務を通じて徳島県が抱える問題を感じてきたのです。それは経済活動の縮小、それに伴う若年層の減少です。私が育った街もいつからか活気を失い、シャッター街へと変わってしまいました。人が離れ、町が空洞化する。この問題に向き合うと決めたことが〈RISE & WIN Brewing Co.〉へとつながっていきます。

問題解決のためにどのような活動を始めたのですか。

小さな会社にできることから始めようと、まずはビーチクリーン運動やボランティア活動に目を向けました。それを通じて地域とつながりが生まれ、県の主要産業である第一次産業(農業・漁業・林業)に従事するみなさんと直接会話を交わすようになりました。そこで彼らが抱えている問題を多く知ることになります。持続可能な社会のためになにができるのか。そんな思いを抱くなかで、2011年に当時の上勝町長である笠松和市氏(在任期間は2001〜2013年)と話をする機会に恵まれました。当時、町は再生エネルギー事業に魅力を感じていたようでした。ただ人口減に歯止めがかからない状況で事業を進めても意味がない。まずは過疎対策が先決ではないのかという話をしたのです。

そこではじめて上勝町を訪れたわけですが、どのような印象でしたか。

なにもない町でした。ただただ山があり、広大な自然と美しい川がある。でもその美しさは県内の他でも見ることができます。良質な温泉も湧きますが、多くの人たちは他の魅力的な温泉地に足を伸ばしてしまうでしょう。上勝町といえば林業関係者が足を運ぶ町で、先に他の町へと繋がらないため通過点にもならない。ただ、上勝町には「ごみステーション」がありました。

もともとゼロ・ウェイスト活動はご存じでしたか。

私も、そのときまで上勝町がゼロ・ウェイスト活動に取り組んでいることを知りませんでした。当時は34分類でしたが、町民のみなさんがそれを実践していると聞いて驚いたのです。
そして上勝町を訪れ、ゼロ・ウェイストを実践している姿にさらに驚きました。改めてゼロ・ウェイストは上勝町にしかない魅力だと確信を得たのです。遠くにある小さな町の、素敵だけど小さな出来事のままで終わりにしたくない。そこで、当時業界の最先端を走るクリエイターの方々とご縁をいただき、プロジェクトチームを組んで構想を練ることにしました。

それが2020年に完成する
「WHY」に繋がりました。

同時に上勝町ではごみステーションを建て替える話がもちあがっていました。現在では45分類まで増えたように、分類数が徐々に増えたためスペース不足していたのです。既存の建物を再活用していたこともあり、老朽化で雨漏りなども起こっていました。そこで2012年、私たちプロジェクトチームから新しいごみステーションのあり方を提案しました。それが現在の「WHY」につながります。ごみステーションに環境教育の拠点を設けることで、上勝から世界に向けてごみ処理のあり方を発信しようという提案です。しかし、当時徳島市民である私の提案は外部からのものと捉えられ、当初は理解もいただけなかった。そこで私は町の一員であるという立場を明確に示し、町に根ざした活動を起こすことにしたのです。私は上勝町で事業をはじめようと決めました。

上勝町での生活は
どのように感じられましたか。

言葉を選ばずにいうと上勝町は時が止まっていました。徳島市内から車でおよそ40分ですが、山道なのでとにかく遠く感じます。特に徳島市民には心理的距離があり、非常に遠い山の町という印象が強い。この距離によるものか、長く町に暮らす人はどこか昔の暮らしを思わせることもあります。食べものを自給自足する人が多く、なかには薪を焚いて風呂を沸かし、竈を熾す家もあります。インフラの面でそうせざるを得なかったのでしょうが、我々にとっては貴重で興味深い体験です。これもまた町の大きな魅力と捉えることができます。まずは暮らしや体験に根ざした興味から、継続的に通い続けたいと思える場所へ。私たちの役割は、上勝町で暮らす人々と上勝町を訪れる人の中間に立つ通訳のようなものと考えています。

そこでどのような取り組みを始められたのでしょう。

当初は日用品を量り売りする小売店から始めました。町民のみなさんに話を聞いて回るとごみ問題への意識が高い一方、やはりごみステーションへの持ち込みを面倒だと感じている事実も見えてきました。ごみを減らすためになにができるか。もっとも多く出るごみが包装材と聞き、包装を必要としない量り売りの日用品店を立ち上げたのです。しかし結論からいうと、これは失敗でした。「RISE & WIN Brewing Co. BBQ & General Store」で量り売りを続けていますが、経済規模の小さな上勝町で事業継続は難しい。これを試行錯誤していた時期にスペック社内で趣味的なビール造りに挑みたいという話が持ち上がりました。東京ではクラフトビールのブームが始まっていましたし、社内に生物工学を学んだ社員もいる。そこに可能性を感じたのです。

どのような可能性を見出したのですか。

世界的なクラフトビールの流行を探ると、アメリカのオレゴン州ポートランドにたどり着きました。さっそくポートランドへ視察に行き、ダウンタウンエリアだけで60軒ほどのマイクロブリュワリーがひしめき合う姿に驚いたのです。人々が思い思いのビールを造り、それを楽しむ。現地で学ぶほどにクラフトビールの世界は広く深く、スタイルは無限に広がっていました。みなが量り売りのビールを持ち帰って自宅で楽しむ姿に私たちの活動を重ね、クラフトビールに活路を見いだしたのです。上勝町までわざわざ足を運んでもらい、町の風景とともにバーベキューと出来たての生ビールを楽しむ……そんな未来の風景に私は魅力を感じました。

ビールが上勝町と町外の人々をつなぐ媒介になると考えたわけですね。

都市生活者にとって、ビールは上勝町を身近に感じてもらう役割を果たします。カジュアルに肩肘張らずに楽しめ、最初に乾杯する一杯に選ばれる魅力的なツール。それが上勝町を知る入り口に繋がるのではないかという期待は、いまも変わりません。そこで圧倒的な魅力をもつ場所を作りたいと、やはりプロジェクトチームの力を借りることにしました。冒頭でも話したように、私は魅力ある場所を提示することで、町の子どもたちが地元に誇りを感じてもらうようになって欲しい。その思いこそが未来につながると思っているのです。そしてビールブランド「RISE & WIN Brewing Co.」、そして醸造施設とレストランを兼ね備えた「RISE & WIN Brewing Co. BBQ & General Store」を立ち上げることになったのです。

実際のクラフトビール造りはどのように始まったのでしょう。

立ち上げ時のブルーイング・ディレクターになるライアン・ジョーンズと出会ったことから、実際のビール造りが始まりました。彼はアメリカでクラフトビールを学び、現地のブリュワリーで働いた経験を持つ人物です。ジョーンズに相談すると、まずは作る場所と機材、人間が必要だと。同時にビール造りの経験を問われました。すべてが初めてだというと、彼から諦めるように諭されます。ただ会話のなかで私たちの母体が検査事業を行っており、衛生管理に詳しいとわかると彼の言葉は一変しました。ジョーンズ曰く、ビール造りの基本は衛生管理。この強みはいまなお、私たちのビール造りにおける圧倒的な利点になっています。

現在のビール造りはどのようなものでしょうか。

何事もやはり人の存在が大きいですね。立ち上げ時はスタッフも20代が中心でしたが、いまは多くが30代になりました。環境問題や地方移住に関心が高い若い世代は多いものの、実際に行動を起こせる人物は限られています。上勝に集まった彼らの特徴はグローバルな視点をもっていることでした。そして、自分のやりたいこと、自分の好きなことを見つけたら、とことん追求したいと考えている。先進的であるという理由で海外に渡った彼らにとって場所性はあまり関係なく、理想に近づける環境こそが重要でした。当初はずいぶん外部からサポートをしてもらいましたが、スタッフたちは自ら探求する力をもっていました。そしてそのバックボーンに、上勝の暮らしがあります。ここに住み、暮らすことで、町の特性が染み渡り、その中から生まれてくるものを表現しようとしてくれた。彼らは流行の味を追いかけるのではなく、この町だから生み出せる味を追求していく方向に向かってくれました。

「RISE & WIN Brewing Co. BBQ & General Store」は
どのように発展したのでしょう。

いまとなっては先を見据えていたかのように話せますが、当初は試行錯誤の連続でした。どうやって人を上勝町に呼び込めるかがわからない。町の人たちとどう楽しむのがいいかわからない。開業から5年ほどは試行錯誤でしたが、2020年に「WHY」が完成したことで大きく変わりました。それまで「RISE & WIN Brewing Co. BBQ & General Store」は、町の外に暮らす人々とのタッチポイントとして機能していましたが、WHYができたことでさらに町の人々と交流を重ねたことで、施設と町民の距離が近づきます。ようやく施設が町に根差したいま、町外からやってくる人に限らず、町民のみなさんにどのように楽しんでもらうかを考えるようになりました。現在販売するクラフトビールはどうしても一般的なビールに比べて価格が高く、町民が日常的に楽しめない。いまは町民限定で、日常的に楽しめる価格帯のビールを造ろうと考えています。日本では缶ビールが主流になっているのを大瓶に入れて持ち帰るという文化を定着させることができるかもしれない。そうして上勝から新しいスタイルを発信したい。それは私たちが上勝町に根をおろし、町の一員として町の問題を自分のこととして考えられるようになったことも大きいのでしょう。

具体的にどのような取り組みを行いましたか。

地産地消の観点から、食材は上勝町で作られた野菜がほとんどです。通常だと捨ててしまう部分も工夫して食べられるようにし、フードロスの解消にも取り組んでいます。上勝町で暮らすことでスタッフが自発的に考え、たとえば大根やニンジンの皮をきんぴらやサラダに使おうとレシピを開発しています。それでも不要になる箇所はコンポストに。私たちは上勝町で活動しているので、すべてを再資源化したいという思いがあります。こうした活動を経て、私たちがいかに無意識にものを捨てているかということに気づかされました。レストランではスモークバーベキューを売りにしていますが、ここでも町の資源を有効活用しています。基本的に桜の木を薪として使いますが、これは町民から提供されたものなのです。

ビール醸造でもゼロ・ウェイストの取り組みは行われていますか。

これは当社に限りませんが、ビール造りに必要な酵母もまた何度も使い回します。販売されるビールはタンク内の上澄みとでもいう部分にあたり、沈殿物にあたる酵母を再利用することは珍しくありません。ただ再利用によって酵母の働きが弱くなることもあり、私たちは母体であるスペックの技術を用いて酵母の健康状態を保つように働きかけます。微生物制御の技術で品質管理にはとくに力をいれています。これはクラフトとサイエンスが融合したサスティナブルへの取り組みとも言えるかもしれません。そもそもクラフトビールそのものがわかりにくい。日本に浸透したとはいえ、飲んでいる人もその定義をよくわかってないのが実情です。銘柄だけで、味の違いもそこまでわからない人も少なくないと思います。今後私たちは「クラフト・アンド・サイエンス」を重視したい。わかりにくいことをわかりやすく伝えるのがサイエンスですが、やはりサイエンスだけでは間口が狭くなってしまう。そこにクラフトの要素を加えて、楽しく伝える。そのなかで自分に合うビールを見つけてもらい、驚きや感動を通して、クラフトビールの魅力に気づいてもらうことが広めていくための大事なポイントです。

新たな取り組みがあれば教えてください。

私たち活動の根幹には、自分たちがいいと思えること、かっこいいと思えること、美味しいと思えることの実現があります。それがたまたまゼロ・ウェイストであり、クラフトビールであった。上勝町にしっくりくるものを探れば自ずとやるべきことは見えます。一方でビール造りには麦芽かすなどの廃棄物も生まれます。そこで私たちはいま、ビールを作るための麦作りを始めました。材料を海外から仕入れることに疑問を抱いたことをきっかけに、まずは自分たちでやれることをやり、上勝町で心地よく生きていく手段を考えたい。麦を育てるために、畑にはビール原料由来の液肥を用いています。こうしてビールの製造過程で生まれる廃棄物を液肥化して再活用し、安全で美味しいビール、安全で美味しい野菜が作れる循環型の仕組みを模索しています。その理解を促すためにも、クラフト・アンド・サイエンスは有効に働くという期待もあります。自社栽培では限界があるため、町の農家のみなさんに麦の栽培のお手伝いをお願いしていきたい。その麦を購入することで循環型の仕組みにつながります。液肥はすでに野菜を甘くする、害虫を寄せ付けにくくするなどの効果が出ており、町の農家さんに無料配布して活用していただいています。これまでは外部への発信に腐心してきましたが、今後は町の人たちとの魅力作りに立ち返りたい。

現在、上勝町における最大の課題はなんでしょうか。

それは過疎です。過疎を解決するためには移住者を増やす必用があります。現在、若者を中心に少しずつ改善の方向に向かいつつありますが、単身者である彼らが求める魅力的な住宅が少ない。町は町営住宅を運営しており、ここに暮らすスタッフもいます。一方で町を離れた住民がもつ家も各所で放置されており、これを修繕しながら暮らすスタッフもいます。ただし後者については所有が移譲されていないため、いつ住めなくなるかはわかりません。また子どものいる家庭の移住は教育と医療の面からハードルが高い。町営住宅は非常にきれいなマンションですが、そこまでしなくても心地よく暮らせる住空間の提供も可能でしょう。希望をもって移住してくる人に、彼らが思い描く暮らしを提供できるような町にしたい。この問題を解消しなければ、彼らは再び移住先を求め、上勝町での暮らしはただのキャリアパスになってしまう可能性があります。

現在は上勝町ゼロ・ウェイストセンター「WHY」も開業しました。

以前のごみステーションは薄暗く不潔だという声も少なくありませんでした。そこで積極的に通いたくなるような魅力と清潔で快適な空間を実現すること、そしてなにより町民と外部からの視察者の動線を明快に分けることが求められました。ごみは個人情報そのもので、見られたくないもの。一方で視察団はそれを見学するために訪れており、町としては拒否しがたい。これはかつてのごみステーションの時代に大きな問題となっていました。あくまで町民の利便性を考え、そのうえで集客の可能性がある施設をしっかり考えるべき時期を迎えていました。これからの時代、あらゆる組織は経済と環境保全の両立を目指しながら健全経営を行わなければなりません。ホテルには運営の原資という側面とともに、町に滞在したいという魅力の創出も兼ねています。宿泊者によるごみの分別体験も含め、問題意識をもつことで移住や長期滞在のイメージを喚起したい。移住者だけではなく関係人口を増やし、とにかく町に興味を持って訪れる人を増やしていきたいという町の想いを実現すべく、私たちも協働しています。

今後のビジョンをお話ください。

繰り返しになりますが、ゼロ・ウェイストもクラフトビールも上勝町が抱える過疎という問題を解決するための手段です。2010年の人口推計によれば、2020年に上勝町の人口1350人になると予測されていました。いまはなんとか人口を保っていますが、減少を続けると町から村に扱いが代わり、国からの予算も見直されてしまう。結果として、これまで通りの自治は難しくなります。
やはり過疎を止めなくては、なにをやってもうまくいきません。私たちが量り売りの小売店で失敗したように人口規模から成立しない事業もあります。2020年には、人口減少を続けていた1960年以降初めて人口増加に転じ、また、20代から30代の人口において緩やかな下げ止まりが見られるようになりました。それでもなお多くの問題が山積みです。この町で子どもを育てたいと願い、徳島市内まで仕事に通う親も少なくありません。しかし子どもが高校生になると、高校がないこの町を出てしまう。そのタイミングで家族ともども転出する世帯が多いことも人口流出の大きな原因です。なにより子どもから大人への過渡期に町を離れることは郷土愛の意識を希薄にしてしまう。これを食い止め、町に未来を作りたい。そのために私たちはビールを造り続けているのです。